自作の空母戦ゲームを作るべく、寄り道しつつぼちぼちやってます。
by takoba39714 カテゴリ
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エポック/CMJ日本機動部隊(以下、日機。)ではルールP14 4.3.2 2に、「着艦すべき母艦が敵の攻撃によって沈没したり、着艦不能になっていたりした場合は、攻撃をしたヘクスから5ヘクス以内に味方の空母がいればそこに着艦できます」と書かれており、条件がそろえば遙か375km離れた空母に、航空隊を緊急収容可能です。 さらにAH FLAT TOP(以下FT)では、ちょっと今手元にるるぶが無いのですが、特別な制限はなく、航続距離範囲内であれば自由に空母間を渡り合えた筈です。 たとえば南太平洋海戦で、ホーネットから飛び立った攻撃隊が戻ってきたら、母艦が著しく損傷しており、エンタープライズに行くよう指示されました。作戦中のホーネット艦隊とエンタープライズ艦隊は、10マイル(約16.1km)の距離をおくこととされていました。 これは日機でもFTでも、同じ1ヘクス内に収まる距離です。防空巡洋艦ジュノーが両艦隊の間を行き来していることや、CAP機の運用はエンタープライズがまとめて行っていたことなどからも、少なくとも日機のシステムにおいては両艦隊は同一艦隊とみなしても良い気がします。 更にここで注意すべきは ①ホーネットの航空隊は一度は自分の母艦に戻ってきていること。 ②もどってきて初めて母艦の損害を知り、指示により近くのエンプラに収容されていること。 です。 WWⅡ当時は、空母から発進した攻撃隊は出撃時に予め母艦との待ち合わせ場所を決めておき、攻撃終了後にはその場所めがけて飛んだのです。 日機において航空ユニットに母艦名が記載され、基本的にそこに収容されるようになっているのは、なにも日本人デザイナーの縦割り行政主義思考や、ドメル艦隊戦法封じからではなく、上記の事情を単純化して表現したのだと思っています。 まあデザイナーさんに聞いて確かめたわけではないけれど。 それに当時の航空隊は自力で航路を設定することはかなり制限があったようです。 母艦への帰路中に迷子になったとか、単座機では航法が不安で迷子になりそうなので、副座の攻撃機に連れてかえってもらったみたいな話は両軍ともに探せばたくさんあります。 先の例では、両艦隊が10マイルという近接した距離で、同一行動をすることが予め決められていたので、僚艦のエンプラが、ホーネット隊を無事収容できたと言えます。 これが通常定められている攻撃距離(日機で言えば5ヘクス=375Km=233マイル)以上離れて独立して高速行動を行っている機動部隊所属の別の空母に、航空機を収容するのだとすれば、どういった手順が必要でしょうか。 これを可能にするためには次の2つの手段が考えられます。 ①「もしもし、俺オレ、俺やけど。今ジャップの空母見つけたから、そいつら沈めんのに攻撃隊発進させるねん。 けどこっちも発見されててチョイヤバイし、帰りはそっちに収容してもろてすぐ再出撃させて欲しいねんけど、今から4時間後ぐらいに、おたくはどの辺の海域におるか教えてくれへん?」 「こちら機動部隊17ー2。4時間後の位置は南緯○○、東経××・・・」 ・・・みたいな通信を確実に相手に届く出力の電波に乗せて行い、相互の位置を確認する。 ② 出航時に何時何分にはどの海域にいるかを、すべての機動部隊について予め正確にプロットしておき、どんなことがあってもその命令書どおりに移動する。 ・・・どんなタイミングで敵が見つかっても確実に航空隊を収容するには、かなり行動を限定しておく必要がある。 空母機動部隊の神髄は「隠密性と機動性」です。当時の両国海軍だってそう思っていたでしょう。 ならば、上記2つの方法が一体どういう事態を引き起こすか、いかに非現実的であるかは言わずもがなでしょう。 ①の場合は、位置報告の無線が敵に傍受される可能性が高く、②の場合は機動部隊の持ち味の柔軟な運用を全く不可能にしてしまう。 同じく南太平洋海戦で、攻撃隊を通常の攻撃距離以遠から発進させた隼鷹は、自身の艦載機を収容すべく、敵艦隊に向け高速で前進したといいます。 しかし、攻撃効率を考えれば、直線上の中間点に位置していた翔鶴や瑞鶴への一時収容という作戦も可能だった筈です。 FTで同一の状況が起これば、やや管理が煩雑になりますが、そういう作戦をとることは十分可能です。でも実際にはそれは起こりませんでした。 日本海軍の組織の硬直性故と考えることも出来ますが、私は隼鷹から発進する時点では、瑞鶴や翔鶴の位置を航空隊に指定する術がそもそも無かったことからではないかと思っています。 なので、遠く離れた間で臨機応変な空母間での航空機をやりとりは、非現実的であり得ない戦術であって、空母戦において、このようなことに制限がなかったり、勝ちを収めるためにむしろ推奨されるようなルールは、あまりよろしくないのではと思う次第です。 大和型改造空母の信濃は、その高い防御力をあてにして、敵の近くに先行配置し、後方の主力から発進した攻撃隊の中間補給地点とすることで、アウトレンジ攻撃をするために用いるつもりだったという噂があります。 もしそれが本当なら、まさに空母間の渡りを実地で行おうとしたという、いかにも負けがこんだ日本海軍が、机上の空論で考えつきそうな、ダメダメな作戦です。 今も昔も頭でっかちで現場を知らない馬鹿が、世の中を動かそうとしているんだなと思えてなりません。
by takoba39714
| 2015-03-21 23:07
| 空母戦ゲーム作成備忘録
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Comments(2)
Commented
by
sanetomo
at 2015-03-22 22:29
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takobaさんこんにちは、初めまして。いつも楽しく拝見させて頂いてます。
実は私も長いこと空母戦のシムを研究中(私の場合はボードゲームではなくデジタルですが)でして、ずっとシンパシーを感じておりました。 今回の帰還機の収容に関する考察も、全く同じ意見で嬉しくなりました。当時の技術や運用方法を考えると、母艦を失った帰還機の収容は偶然と幸運による所が大きく、無制限に艦載機をやりとり出来るシステムだったりすると、興醒めしてしまいますね。 仮に無傷の空母が近くに居ても、その艦が発艦中や収容中だったら僚艦機は後回しにされて燃料切れになったり、無事に着艦できでもスペース不足を理由に僅かな損傷機でも海上投棄されたりして、かなり数を減らしたのではないかと思います。 信濃や大鳳を前進基地のように使おうとすると、戻って来る友軍機のために誘導ビーコンとかバンバン出さないといけなくなって、結局発見されてボコボコにされちゃいそうですよね。
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by
takoba39714 at 2015-03-22 22:33
初めまして。心強いコメントありがとうございます。励みになります。今後ともどうぞよろしくお願いします。楽しんでいただける記事を載せて行けたらと思います。
シミュレーションゲームって現実を模そうとしているものっていうことに、ちょっと立ち返って欲しいと最近思っています。なにか違うところで良し悪しが語られることが多すぎる今日この頃ではないかと。
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